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カウンセラーの対談 「第36回 「発達障害のおはなし」山登敬之氏、青山カウンセラー対談 <第1回>」
第36回 「発達障害のおはなし」 山登敬之氏、青山カウンセラー対談 <第1回>
山登敬之氏 プロフィール
精神科医、医学博士。1957年東京都生まれ。筑波大学大学院博士課程医学研究科修了。
専門は児童青年期の精神保健。
国立小児病院精神科、かわいクリニックなどに勤務した後、2004年に東京えびすさまクリニックを開院。ハートコンシェルジュ顧問。著書に「拒食症と過食症」(講談社現代新書)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)、「パパの色鉛筆」、「子どものミカタ」(日本評論社)、「新版・子どもの精神科」(ちくま文庫)、「母が認知症になってから考えたこと」(講談社)、「世界一やさしい精神科の本」(斎藤環との共著・河出文庫)ほか。
「発達障害のおはなし」 山登敬之氏、青山カウンセラー対談 第1回
山登先生(以下 山登):ハートコンシェルジュの第1回対談からはや6年ですが、おかげさまで、うち(東京えびすさまクリニック)も昨年10周年を迎えまして…
青山カウンセラー(以下 青山):おめでとうございます。早いですね、月日の経つのって。
山登:ホントだよね。で、こっちの業界でこの10年間のブームといったら、ひとつは新型うつ病であり、もうひとつは発達障害でしょう。新型うつについては、日本うつ病学会が見解を示して、とりあえずブームは収束した感じですかね。新しい抗うつ薬もあらかた出ちゃったから…
青山:これから先にまた新しい薬って、そんなにはね。
山登:だから、いまは発達障害ですよ!
青山:ですね。まだまだっていう気配、ありますからね。
山登:今回は講義形式でひとつ。
青山:ええ、謹んで拝聴いたします(笑)
■ 発達障害とは
山登:「発達障害」は、簡単にいえばどういうことかって言うと、年齢相応に期待されることが上手にできないこと、そして、それが生まれつきの問題であるということですね。
その内訳は4つで、自閉症スペクトラム、注意欠如多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、知的障害。ADHDとLDはアルファベットの名前の方が通りが良いかもしれません。
それで、具体的にどんなことが上手くできないかというと、たとえば自閉症スペクトラムなら、人の心の動きがよくわからないので、人間関係が上手につくれず集団になじめないというのと、独自のこだわりを持ち変化を嫌うため、新しい環境に適応したり急な出来事に対処したりするのが上手にできないということになる。自閉症については、次回に詳しくお話しします。
とりあえず、いま4つあげましたが、これは便宜的に分けているだけで、実際に我々の前に現れる人というのは、だいたいこのいくつかが重なっています。純粋な自閉症やADHDの人もいるとは言われますが、私たちが世の中や臨床で出会う人たちというのは、だいたいいくつか重なっている。
たとえば、小学校の低学年までは非常に落ち着きがなくてADHDといわれていた子が、高学年くらいに上がって多動がおさまってくると、アスペルガー障害もあったか…というように、子どもの成長につれて目立つ症状が違ってくる。そうすると、どの年齢でどの医者に診て貰うかによって診断名が変わってくることもあるわけです。
■ 診断はどうやって?
山登:それで、どのような手順で診断が下されるかというと、そこは精神科で普通にやってることをします。まず、生育歴と病歴の聴取です。ここで、子どもの頃のことを細かく聞いておかなくてはいけません。
最近、大人の発達障害ということがさかんに言われますが、あれは大人になって気づかれた発達障害という意味です。発達障害は生まれつきと言ったとおり、大人になってから発達障害になるというのは定義に反します。
生育歴を聞く場合、本人に小学校以前、あるいは小学校の頃の話を聞き出すにも限界がある。成人して親と離れて暮らしていたら難しいですが、親御さんが一緒に来られるようなら来ていただいて、そのへんを詳しく聞きます。
次に、ご本人の診察と検査です。他の病気の可能性を除外する目的で神経学的な診察というのも必要です。検査については、診断の裏付けになるというレベルのものであって、たとえば自閉症なら自閉症と診断できるような特別な検査があるわけではありません。
脳波にしても、これで発達障害がわかるわけじゃない。ただ、発達障害には、てんかんが合併している率も高いので、その心配がないかどうか脳波をとって調べておく必要はあります。
また、知能検査は必ず行います。知的障害やLDの診断をするときにデータが必要なのと、自閉症スペクトラムにもADHDにもLDあるいは軽度の知的障害が重なってみられることがあるので、それをチェックする目的で検査をします。
■ 診断と治療の実際
山登:と、まあ、これくらいの手間はふつうにかかるわけですが、患者さんにチェックリストみたいの渡してチェックさせただけで、ハイ、じゃ薬出しときましょうってやるところもあるらしい。
青山:ああ、うつ病ブームの頃も聞きましたね、そういう話…
山登:この前聞いた話では、WISCやWAISみたいな知能検査もしないで、ADHDの薬とか出しちゃうところもあるんだってね。
青山:やらないの?! それはコワイですね。
山登:お手軽に診断がついて薬が出されちゃう。いま、海外資本の製薬会社が2社、ADHD治療薬でしのぎを削ってるんですよ。コンサータっていう薬は処方するのに資格がいるので、病院や薬局が限られるんだけど、ストラテラっていう方は資格がなくても処方できる。だから、小児科医も対象にしてシェアを広げている。
青山:そうなんですか。その薬ってどういうふうに効果的なんですか?
山登:ADHDでは、脳の実行機能と報酬系がうまく働いてないという仮説があって、その種の薬を使うとそこがうまく働き出すらしい。コンサータはドパミン系の神経を賦活して、ストラテラはノルアドレナリン系を賦活するんですが、どちらも狙いは一緒なんですよ。
青山:脳の機能が高まるんですか?
山登:そうらしいですね。うまく効くと子どもの多動が治まったり、注意力、集中力が増したりするという…。昔、まだコンサータがなかった頃、養護施設で働いている後輩から聞いた話なんだけど、リタリンを飲ませると「説教が入るようになる」って言ってたね。リタリンというのは、じつはコンサータと同じメチルフェニデートって化学物質でできてる薬ですね。
青山:「説教が入る」?
山登:お説教しても右から左に抜けちゃうような子が、ちゃんとお説教を聞くようになって、しかも問題行動が減るっていう…。
青山:へえ…。
山登:そんなふうに、効く子には効くんですよ。
青山:そうなんですか。
山登:それこそ算数の点が上がったり。
青山:ええ?!
山登:だから、そういう話を聞くと、うちの子にも…みたいなお母さん方も出てくるわけ。
青山:でも。それも危険な面も大アリですよね、だって、昔なんて、そんな薬なくたってやれてたわけですから。
山登:勉強向いてない子はそんなに勉強しなくたってね、そこそこやってれば大人になって仕事にありつけたわけだけど。
青山:いまじゃ足並み揃えないとって…
山登: 医者からADHDとか言われちゃうと、「将来この子はどうなっちゃうのかしら?」って、そこもまたお母さんたちの不安をかき立てるわけですよ。
青山:いったいどんな将来だったら安心なんでしょうね。
山登:やっぱり、ちゃんと、ひとりで生きていける大人になるってことになると思うんだけど。
青山:でも、発達障害の大人の人たちだって、ぶっきらぼうなコミュニケーションでも、その稼ぎで家族が生活できてる事実もあるわけですから。
■ 大人の発達障害
山登:大人の発達障害の方で言えば、問題が表面化するのは、やはりコミュニケーションがうまくいかないところから。「あいつ、空気読まないよな」とか「あの人、チョー自己チュー!」とか言われちゃったり。でも、それって個人の資質もあるけど、コミュニケーション不全というか、問題の本質は家族関係や職場の人間関係にあったりするんだけどね。
青山:夫婦というユニットで考えてみた時どうなんでしょうね。出会って結婚しようと思うまではコミュニケーションがうまくいってたかも…
山登:結婚して一緒に暮らすようになって、残念…みたいなのは多いですよね。さらに, 子どもでもできて、奥さんの方ばかりに生活のしわよせがいくと、不満が爆発して「うちの旦那ったら自分のことばっかりでちっとも気が利かない! アスペルガーじゃないかしら?」って方向に向きやすいんだよね。「あたしが風邪引いて寝込んでるのに、パソコンで動画ばっかり見てる!」とかね。だけどさ、たしかに数で言えば発達障害は男に多いんだけど、男なんてもともと気が利かないんだから、男の方が分が悪いに決まってるよ(笑)。
青山:でも、相手の気持ちがわかんないなんて、夫婦喧嘩のときもふつうにある話だと思うんですけど、やっぱり病気にしたくなる?
山登:こいつに何かあるから、ってことにして納得したいわけですよ。
青山:なるほど!そうですね。
山登:関係が冷めて相手のいい面が見られなくなってきちゃうと、その結果、出生前診断みたいなところに関心が向くんだよ、極端な話。
青山:え?それはどういう…
山登:発達障害かもしれない夫の子は産みたくない、っていう…
青山:あるんですか?そんな話。
山登:いや、出生前診断はできないから、発達障害では。でも、この先ない話でもないかな。スタンダードな子どもが生まれてこないとイヤ!みたいな。
青山:そもそもスタンダードって何よ?って感じですよね。
山登:はみ出したらマズイ…って意識が社会全体で強くなってきてるのかな。大人の発達障害が騒がれるようになったのも、みんながどこでも高いコミュニケーション能力を求められるようになったせいもあるでしょう。産業構造が変わって、現在のように第3次産業であるサービス業がトップに上がってきてしまうと、コミュニケーションの苦手な人はどうしてもこぼれ落ちてしまうから。
青山:うーん、そういう社会の変化が発達障害を生み出しているところもあるわけですね。
■ 精神医学における発達障害のあつかい
山登:つぎは発達障害と精神科の病気の関係についてお話します。この三角形(図)を一人の人間と考えてください。人間はつねに環境から刺激を受けてそれに対する反応を繰り返しながら生きているわけですが、これが平均から著しく逸脱した状態を精神科では病気と考えます。
それは大きく分けて、身体の症状として表れるか、ふだん見られないような奇妙な言動として表れるか、あるいはその両方です。個人の身体、パーソナリティと環境の掛け合わせで起きてくるのが、精神、心の病気というわけです。
ですから、これは「いつもと違う」状態ですね。症状としては、内科で検査しても原因が分からないような身体症状が現れたり、気持ちがどーんと沈むとか幻聴が聞こえるとかいった精神症状や、いつもと違う行動が現れたりする。
ところが精神科ではですね、「みんなと違う」状態も病気として扱う、扱わざるを得ない、治療の対象にする、ということがあるわけです。発達障害やパーソナリティ障害は、言ってみればこのタイプですよね。
みんなと違う人っていうのは、みんなが出来ることが出来なかったり、みんながしないことをしたりするので、集団の中で目立ってしまう。そういう意味で「みんなと違う」ふうに見られるわけです。それだけで、障害と考えることには、もちろん異論があるでしょうが、もうひとつの問題は、いわゆる「二次障害」です。
発達障害の人たちというのは、発達の特徴があるゆえに社会で生活するうえでストレスを被りやすい。もちろん、中枢神経系がもとからデリケートな仕上がりになってるって事情もある。タフな事態に耐えられない。だから、病気にもなりやすいわけですよ。関係妄想や幻聴みたいに統合失調症にみられる症状が現れたり、あるいは双極性障害のように気分の波が激しくて躁になったりうつになったり。そういう意味では、われわれよりは病気に近いところにいると考えてもいいのかと。
そうすると、今までは統合失調症っていう名前がついていたけど、じつは発達障害の人に起きた統合失調症様の反応だったという例も出てくる。まあ、一概に誤診とも言えないでしょうが、統合失調症としては理解しきれなかったところが、ああそうだったのか、と…。
青山:そこで埋まっていくというか。
山登:そうそう。だから、発達障害の概念が普及してよかった点もあるし、さっきまでの話のように診断の曖昧な部分から生まれる悲喜劇もあるわけですよね。
青山:でも、障害というか、できてたことができなくなったり、逆に過剰にしたりとかって、おじいちゃんおばあちゃんになるプロセスでも、同じようなことも起こるじゃないですか。なんというか、できるできないのスタンダードからずれてる人たちと一緒に過ごす経験だって、大事なはずですけどね。
山登:人間がどういう風に子どもから大人になって、年取って死にいたるのか、ちょっと前まで身近なところで見られたわけだけど、いまそれがないから。
青山:ですかね。あと情報がすぐに入手できますし、いろいろ知らなくてもいいような情報だって…。
山登:そうそう、知らない方がいいようなことをね。認知症だってそういう名前がついちゃってるけど、昔なら年寄りってこんなもんだろう、年取ったら多かれ少なかれみなボケるだろうってことですんでたところが、いまはやれアルツハイマーだ、やれレビー小体型だと。
青山:何でもカテゴリー化されるといったらあれですけど、しないと落ち着かないのか。
山登:やっぱり、みんな曖昧さや不安に耐えられないから。誰かからお墨付きをもらって、どこかに所属を得て安心したい、みたいなことになるんじゃないですかね。
青山:そうですね。
(つづく)