カウンセラーの対談
第8回 松崎一葉氏、新倉カウンセラー対談<第1回>
松崎一葉氏 プロフィール
[筑波大学大学院・社会医学系 産業精神医学・宇宙医学研究グループ 教授]
1960年生まれ。1989年筑波大学大学院博士課程修了、精神科医、医学博士。東京都庁知事部局健康管理医、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主任研究員、茨城県警察本部健康管理医のほか、企業の精神科産業医として国内外で活躍。著書に「会社で心を病むということ」(東洋経済新報社)、「もし部下がうつになったら」(ディスカバー携書)など。
インタビュー第1回
新倉カウンセラー(以下 新倉):こんばんは。お久しぶりです。
松崎一葉(以下 松崎):どうも御無沙汰してます。
新倉:本日は筑波大学教授、産業精神医学がご専門の松崎先生に職場でのメンタルヘル ス不調について色々とお話を伺いたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
松崎:よろしくお願いします。
新倉:先生は色々な企業で産業医を勤めていらっしゃいますが、身体疾患による休職者 よりメンタル不調による休職者が2004年を境に上回っている現状ですが、現場に いらっしゃってどんなメンタルヘルス疾患が昨今多いですか?
松崎:勿論、やはり一番多いのはうつ病、抑うつ状態という診断を受けている人ですね。それから僕の印象ですけれど、昔は中年以上くらいの、働きざかりと言われているような30代半ばから40代後半位までの方々のうつ病が非常に多かったと思うんですけれども、最近は若い人たちの抑うつ状態、それから適応障害も含めて、そういった人達が非常に増えている印象がありますね。
新倉:適応障害という診断名は、うつ病ではない、でもストレスにさらされた結果抑うつ症状が出ていて、それが色々と新しい環境下では適応出来ずに不調を起こしていると思われるときにつけられる診断名ですよね。職場ですと、働く環境の変化であったり、職場での人間関係が主なストレス要因だと思うのですが、先生は面談をしていて、どのような背景が職場でのストレス要因になっていると思われますか?
松崎:はい、これはもう根が深いと思うんですが、基本的には自分がやりたい仕事をやれないとか、それからこういう風なことを目指して会社に入ってきたのに、ちょっと今自分がやっている仕事が違って、こういうような人生でいいんだろうか?というような、ある意味、こういう言い方がいいのかわからないけれど、高級な悩みみたいなところがありますよね。これやらなかったら、絶対に食えないから本当に一生懸命働かなきゃならないという、そういう苦労によってうつになったというよりも、ちょっとあんまりやりたくないことを何で俺がやらなけゃならないの?というような、所謂「実存」に対する、従来のお父さんたちの実存の危機というよりは、僕は何か実存そのもの、実存て何?みたいなそういう風な若者が増えている気がします。
新倉:現在、大卒や院卒のみなさん大変な就職難でかなり過酷な競争を経て就職されていると思います。そんな中で社会人1年生として働き始めて、彼らが色々と期待していたことと現実のギャップが多々あるということはクライアントさんの話を聞いていて感じることです。私自身自分の若い時を振り返ってみますと、当然自分の期待に対する失望はありましたが、まぁ新人なんだから最初の1~2年は、そんなものだよねと思っていたし、先輩や上司などの叱咤激励を交えてやってきた背景があります。でも今は、そこまで到達しないで折れてしまったり、そういった先輩とか上司と上手く関わりが持てないような方が多いのかなと感じます。
松崎:そうですね。僕がまず第一にストレス耐性の中で重要視しているポイントに、有意味感っていうのがありますけれども、いまは興味が持てない仕事、面白みが感じられない仕事であっても、まぁこれは取り敢えずやっていれば面白みが分かるかもとか、なんか面白くない仕事だけれど、自分の将来のこやしになるかもなーとか、そういう風な長期的な視点みたいなものがないですよね、いまの人達は。例えば小学生や中学生で塾に行っている子供たちに、「この本を読んでおくといいよ、面白い本だよ」と渡したときに「試験にでる?」って。例えばキューリー夫人の本とか・・・
新倉:あはは(笑)そう言えばキューリー夫人読みましたね、小学校の頃。
松崎:でも、今キューリー夫人読む子いないでしょ、そんなに(笑)。キューリー夫人は感動するよ、いいものだよって渡すと「これは試験に出る?」、「出ないと思うよ」って言うと、「じゃ読まない」となる。だけど、開成中学実践対策セミナーになるとみんな必死になって行くわけですよ。つまり、今自分がやっていることがすぐに役に立つかたたないかという、非常に論理に偏重してしまったそういう考え方を持っている子供たちが多いですよね。だから、僕はあんまり好きではないけれど「鈍感力」みたいな言葉が一時期流行ったじゃないですか。なんとなく面白くないけれど、やれって言われたから、取り敢えずやっておこうか、というような情緒的な余裕に裏打ちされたような、そういう行動が取れない人達が多いような気がしますね。
新倉:それはね、多分彼らが教育課程の中で経験してきたこととある意味重なる部分があると思います。今の若い世代の方たちは兄弟が少なかったり、一人っ子が多く、親御さんたちも比較的裕福な世代に生まれている人達なので、なんて言うんですかね、自分が好きなことやしたいことを選べてきた世代じゃないかなって思うんですね。習い事ひとつにしても、昔だったら、例えば私などは字が汚いから書道を習った方がいいとか、落ち着きがないから茶道を習いなさいとか、親からそんなことを言われて嫌々ながらもお稽古に通ったものです。けれど、今の子供たちは、自分が好きなこととか、興味とか・・・要するに精神的に強くなるために何かをするというより、自分の楽しみや興味、面白いと思えることを選択できて、親もそれを容認している世代が多いのかなと思います。だから基本的には好きなことしかやっていないわけですから、その中で我慢をしたり頑張ったりする体験は少ないと思います。逆に言うと、自分は絵が上手だと思って絵画教室に入ったのだけれども、自分よりもっと上手な子がいた・・・みたいところで絵の教室に行くのが嫌になってしまうみたいな、そんな子供もいたりしますよね。
松崎:ですよね。まぁ、一概に、断定的には言えないけれど、ゲームとかはうまくいかないとリセットできるじゃないですか。せっかくうまくいったとしても、そこでミスをしたりすると、そしたらリセットボタンを押してまた一からやり直すことが出来るじゃないですか。ですから、そういう風なクセというか考え方としてあるのかもしれないですよね。
新倉:そうですね。クライントとカウンセリング面談をしていて、「リセット」という言葉を使う方が最近多いですね。要するにリセットしたいんですという方が多いの。
松崎:僕もリセットしたいです(笑)。
新倉:われわれの場合はちょっと遅すぎますね(笑)。会社に入って自分が面白くないと思っている仕事や、失敗したことがあると、リセットを容易にしたいと思うみたい。不調を起こすことによって、何かしらの形で自分にとっていい方向に行くのではないかなという想いが、意識的ではないにせよ無意識にあるのかもしれない。不調の原因が環境にあるのだから、復職するときは会社の方で不調にならないような環境を是非用意して欲しい、つまりリセットしてと訴える方がいます。あの先輩は怖いから離して欲しいとか、あの仕事をするとなんか調子が悪くなるから、こういう部署で仕事をさせて欲しいとか。
松崎:そうですね。だから多くの場合、人事とか上司とかは、そういういのは「甘え」であるとか言って切ってしまうところがありますよね。そういうものを、しかし果たして僕が治療者として関与したときに、僕が陰性感情を感じずにきちっと受け止められるかというと、僕でさえ何かしらの陰性感情を感じますよね。ふざけんなよって・・いうのが確かにありますよね。まして企業においては、人事担当者とかメンタルやカウンセリングの専門家じゃない人達の間に、そういう陰性感情が湧きあがるということは致し方ないことではあると思います。
新倉:そうすると、現場で陰性感情が沸きあがった場合、病気だからと言ってある程度特別扱いされている、特に復職したての社員の人に対してとか、暫く来たけれどもまた具合が悪くなってしまって休職して、また再度復職をするというような社員の方に対して、現場はなんでその人だけそういう状態でいいんだろう、許されるのかなという陰性感情を持っていると思います。そういう場合は、会社の方としてもその部署をまとめていくのが難しくなってくると思うのですけれども、会社側や従業員に対して産業医としてはどのよう役割を担って働きかけるのでしょうか?
松崎:基本的にはですね、まぁ未熟型のうつの話しになっていると思いますけれど、それの成因、成り立ちとしてこういう未熟型、どうして人格が未成熟な人たちが出てきちゃったのか、多くなっているのかということと、彼らには彼らの論理や主張があるわけで、どういう風に彼らが考えているのかということをきちんと説明をしますね。
新倉:それは上司の方だとか人事に?
松崎:所謂、未熟型人材の人達の成り立ちと対応方法の啓発活動をきちっと打っています。その中で、なんでこのような理解不能な腹立たしい行動をとるんだ?といったときに、嗚呼、こういったメカニズムで彼らの考え方や行動のパターンがこうなんだなとある程度理解できていれば、自然とどう対応したらいいかということがわかってくるじゃないですか。ですから、そこについてきちんとした基礎知識を啓発する必要があるということを重要視しています。
新倉:そうですね。今おっしゃった彼らのメカニズムというのは具体的にどういうことでしょうか?
松崎:色々とパターンがあると思いますけれど、僕は基本的に牛島先生なんかもおっしゃっているように、所謂ギャングエイジ体験の喪失とかいいますよね。いわゆる、理不尽なことをガキ大将から強要されて、なんで俺がこんなことしなきゃいけないのかなと言いながらも使い走りしたりとか…。僕も使い走りさせられたりとか、屋根から飛び降りろと言われて、飛び降りて足くじいて親に怒られたりしていましたから。
新倉:うふふ(笑)
松崎:そういう風ないわゆる合理的ではない、理不尽な体験を強要されるから、集団の中で「本当は俺いやなんだけどな~、でもやらなければ仲間はずれにされるからな~」と折れるとか、その集団の中にいて沸き起こる葛藤を自分の中でうまく処理する、我慢するという、そういう体験を経ていないので、こういう人達は、ストレートに自分の主義・主張が通らないことに対して、なぜ通らないのだろうと彼らは本当に疑問に思っていますよね。だから通るような環境になるべきであると、彼らは本当に思っている。
新倉:それは彼らにとって純然たる想いですよね。
松崎:そうですよね。だからそういう風な想いが通らないということをきちんと教えていかなきゃいけないんだよと。頭ごなしに「お前のその考え方は間違っている」と言ったとしても、彼らというのは、それを全く理解不能ですから、そこのところを共通言語を持っていくということが重要です。だから、そういうようなギャングエイジの喪失体験みたいなメカニズムみたいなことを教えてます。
新倉:上司や人事向けにはそういう形で教えていくといことですが、ご本人に対してはどういうアプローチしていくのですか?
松崎:うつ病者に対しては激励禁忌原則ってありますよね。これが通用しないよ、ということを管理者や上司や人事担当者にきちんと話をしています。で、彼らはね、ある意味、がんばらなくていいよーと言うと本当に頑張らないですからね(笑)。
新倉:ありますよね、一生頑張らないかもしれないことも(笑)
松崎:この間、僕どこかで、コンビニかどこかで最近流行っているJ-POPSみたいなのを聞いたら「頑張らなくていいんだよ~♪」と流れていました(笑)。
風潮としてなんか今の日本って、がんばらなくていいんだよ、そんな無理することないんじゃないみたいな、SMAPもナンバーワンじゃないくてもいいんだよ、オンリーワンでいいじゃない・・・みたいなのありますよね(笑)。
新倉:大笑
松崎:彼らに対してただ激励しないようにときちっと管理者に言います。「じゃ、何って言ったらいいの?」と。関係性を維持しつつ頑張らせるってことです。だから頑張れと言っても良いのだけれども、一緒に頑張ろうねと。彼らは見捨てられるかもしれないとか、切られるかもしれないというようなどこかでそういう不安を持っている。会社と自分が合わないんじゃないかとか、クビにされるのではないかというのは必ずどこかに持っていて、切られるはずがないとは絶対に思ってはいない。だからそういう中で、こういうことを続けているとクビにされるんじゃないかという恐怖感を抱いている。大事なことは、関係性を保障してあげることですね。私はあなたのことを見捨てることはないよと、君がきちっと適応できるようになるまできちんと支援をしていくので一緒に頑張ろうね、という風な声かけが重要だと僕はいつも言っています。だから当人に対しては、どういう風にしたら適応できるんだろうね?一緒に考えようよと。
新倉:産業医として一緒に考えようよ、というスタンスですか?
松崎:ええ、一緒にどうしたら適応できるかを考えていこうよ、一緒に頑張っていこうよ、と関係性を保障しながらですね、彼らに一緒に頑張ろうと声をかけていますね。
新倉:それはもう産業医としては鏡ですね。
松崎:そうですかね。ありがとうございます。
新倉:というのは、色々なクライアントから色々な会社の産業医さんの話を聞く機会があります。例えば職場でいじめがあって、それが問題で出社困難になる。そのいじめが何カ月間も継続し、退社しても強い緊張や不安状態が残り、毎日悪夢にも出てくる。ご本人にとってはかなり鮮烈な体験で辛い状態です。だけれども、産業医との面談でそれを話すと、「それは君の甘えだよ。会社が決めた部署に来るのが当然で部署異動はわがままだよ」と言われてしまった。そうすると、そのクライアントは産業医との面談そのものが恐怖になる。復職するまでにまた会わなければなりませんからね(苦笑)。その結果、もう思考としては会社を辞めるしかないってことになってしまって、その選択以外はなくなってしまった。非常に煮詰まってしまったんですね。
松崎:なるほど・・・