カウンセラーの対談

第10回 松崎一葉氏、新倉カウンセラー対談<第3回>

松崎一葉氏 プロフィール

松崎一葉氏[筑波大学大学院・社会医学系 産業精神医学・宇宙医学研究グループ 教授]
1960年生まれ。1989年筑波大学大学院博士課程修了、精神科医、医学博士。東京都庁知事部局健康管理医、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主任研究員、茨城県警察本部健康管理医のほか、企業の精神科産業医として国内外で活躍。著書に「会社で心を病むということ」(東洋経済新報社)、「もし部下がうつになったら」(ディスカバー携書)など。

 

インタビュー第3回

新倉カウンセラー(以下 新倉):先程の休職・復職に関してなんですけれど、会社によってかなり休復の制度が異なっていると思います。会社によっては非常に厳しくて完全にフルタイムで働けるようになるまでは産業医のOKがでなかったり、或いは時短から始まって徐々にステップアップしていくことを許しているような所もありますけれど、その辺は先生はどう思われますか?

松崎一葉(以下 松崎):それはケースバイケースだと。会社としてはルールとして決めておくということは重要ですけれど、大まかなルールだけ決めておけばいいと思いますよ。ポイントとしてはリハビリ出勤というものを業務とみなすか、リハビリ出勤がはじまった時点でそれを復職とみなすのか、リハビリ出勤はあくまでも復職の前提の訓練だとみなすか、そこのポイントを押さえることが必要ですね。これは各企業・事業所によって千差万別です。都庁は時短の期間は完全に訓練です。ですから、そこの時点では復職とみなしていなくて業務とはみていなくて、でも幾つかの会社では、出勤率が60%以上までが訓練で、出勤率が60%を上まわった時点で復職とみなすという会社もあります。どちらが一概にいいとは言えませんけれども、基本的には僕はリハビリが始まった時点で復職とみなすという仕組みのほうがスッキリとするような気がする。というのは、やはり労災の問題がありますからね。

新倉:そうですよね、労災の問題は確かに大きいですよね。保障の問題に関わりますから。

松崎:業務上かそうでないかという問題があるので、基本的にはリハビリをさせるということイコール業務とみなした方が、まぁスッキリはすると思いますね。

新倉:事務職とかのデスクワークですと比較的業務上での労災って起こりにくいと思うんですけれど、例えばブルーカラー、製造業などの場合は業務内での労災って大きなところかなと思います。

松崎:工場とかですね。

新倉:はい、それが意外と、労災の問題があるからなのか、会社の方で完全に7時間半のフルタイムの勤務が出来ないと、そうなるまでは戻れないというルールを設けている会社があります。昔からあったわけではなく、ここ数年の間に、そういうルールや制度を導入している企業が増えているのかなという印象があります。でも、2~3ケ月お休みをして戻る場合と、1年以上も休んでいて戻る場合、戻る時点での体調の回復度は同じでも、ご本人にかかる心理的な負荷は異なると思うんです。リワークプログラムを利用して生活リズムを整えてある程度の作業が可能でも、実際に現場(職場)に出て感じるストレスは、リワークのときとは異なりますよね。軽作業からはじめたとしても、時短で始める場合と、いきなり5日間フルタイムでスタートして下さいといわれるのでは本人にかかるプレッシャーはかなり違うと思います。1年間以上休んでいた人がいきなりフルタイム勤務で実際の所出来るのかな?という疑問があります。

松崎:そうですね、会社側ではおおまかなルールを作っておいて、どちら側にするのかっていうのをきちんと決めて、その上でケースバイケースで柔軟な運用をしていく。そこは産業医と相談してやっていくというのが一番理想的だと思います。

新倉:そうすると柔軟な運用をするためには、一重に産業医の方が、ある程度会社に働きかけるだけの力量があるのかどうかということが問われるのだと思いますが、そういう力量のある産業医さんも多くないような気がしますが・・・。

松崎:その通りですね。おおまかなルールだけを決めておいて、この人の復帰プランをこういう風に組みたいと言ったときに、この人はこういう風なパターンだから3ケ月間、こういう風なリハビリをすると多分よくなるはずだという根拠をきちんと示し、説得することですよ。十把ひとからげに全部このパターンでやりなさいという、わけのわからない会社もあります。僕は、この人は月・水・金と最初出て来られて、次のステップで月・火・木・金と出てくる2週間をはさめば、徐々に戻れるタイプですよ、と言ったとしても、それを許してくれない会社もありますよ。

新倉:やっぱりそうなんですね。それは非常に残念ですよね。ちょっとした工夫や対応で最初出て来れて、2~3ケ月の期間でフルタイムに戻れる可能性があるのにリジッドなルールのためにその方の道は閉ざされてしまうのだから。

松崎:だって、この人は、こういう風にルールを変更すれば出て来れるのだから、これをいきなりフルタイムにしたらダメよといったときに、どうしてですか?と言って絶対に譲らない会社もある。

新倉:会社の人事側からしてみると、一人の特例を出してしまうということが、そもそもルールを導入した意味に反するというような考え方をしているのだと思います。ルールというのは基本的に敷いておかないと収拾がつかなくなってしまうから導入するのだと思いますが、多くの従業員がいて、今先生がおっしゃった通り色々なパターンがあるのだから、短い休職から長い休職まで、あとその人の抑うつの波のパターンであったりとか、そういったものはそれぞれ違うじゃないですか。それをひとつのルールでがんじがらめにしてしまうと、本来だったら戻れる可能性があるのに戻れなくなってしまう人が出てきますよね。

松崎:統合失調症と人格障害を一緒のリハビリのルールで扱うことじたいが極めてナンセンスでしょ。その「メンタル」ということで統合失調症から過重労働から人格障害まで、全部を同じルールでやるのはそれは明らかにおかしいですよ。おおまかなルールだけ決めておいて、あとは産業医と人事のネゴにおいてベストな方法を探っていくっていうのが、精神科医、産業医の側からすると議論の余地がないくらい正しいことだと僕は思っている。あとは、その会社が社員というものをどういう風にとらえているのかということになってくるわけですよ。一旦縁のあった社員なんだから、縁を切らないでなるべくこの人を適応させようという風に社員を手厚く考えている会社と、うちの会社はどんどん就職希望者がいて、いくらでも優秀な人間は入ってくるから、途中でそういう風に挫折したような人間はもう辞めていただいて結構という風に考えている会社もありますね。だから非常にリジッドなルールを作っている会社というのは、そういう官僚機構のなかでこれに反した人間というのはある意味、能力のない人間とみなしている。

新倉:脱落者みたいな・・・そういう扱いをされる。

松崎:そうですね、もし能力を持っていたとしても、こういう風に不適応を起こすということ自体がこの人は完ぺきでないから、はっきりいっていりませんと。そういうものを産業医やカウンセラーや精神科医が治療者魂を出して何とかして適応させようとしても、大きなお世話です、という風に考えている会社も結構厳然として存在していますよね。

新倉:それは、私も感じます。一介のカウンセラーではどうにもならない領域です。そうなるともう当然産業医さんの立場であっても人事権はないし太刀打ちできない。

松崎:でも勧告権はあるけどね。こうするべきだという勧告権を発動することは出来るけれども、基本的には労働衛生安全法上あまりにも不当なルールを作ったとか、そういう場合には勧告しますが、今のようなケースではなかなか勧告権までは使えないです。

新倉:なるほど、あと産業医さんも企業によっては精神科医が不在であったりすることも結構あると思うのですけれど、メンタル不調の方が休職し復職するということを判断するにあたって、精神科医でない産業医の判断によって決めることがありますよね。主治医から復職可の診断書が上がってきて、本当に戻れる状態なのかどうかよく理解していなくて、それで産業医さんがGOを出してしまうようなケースもあると思いますが・・・日本の産業領域におけるメンタル不調者を扱う現場のインフラが十分に整っていないというのかな?と思ったりします。

松崎:厚労省も産業医の先生方にもっとメンタルの専門知識を持ってもらう研修会と、それから精神科医の先生方を対象にして産業医学の知識を持ってもらえるように、双方向のベクトルから研修を企画しているので、だいぶそういう意味では啓発活動が浸透してきたと思いますけれどね。ただ大事なことは産業医の先生が、自分自身の判断に迷ったときには必ずそういう専門家の先生にリファーするとか相談をするという風なそういう謙虚な姿勢ですよね。そういうことも求められることだと思いますけどね。リソースとしては産業保健推進センターとかそういうところがあるわけだから、そういうリソースを積極的に利用して、きちんとその人の、職員の病態、状態を見極めて心理構造を見立てて、そしてどういうストラタジーを取るのがベストかという、そういう専門家の意見を求めていくことは大事だと思いますね。

新倉:大企業でしたら、顧問医という形であったり、複数いる産業医のなかで精神科医がいたりしますけれど、これまた細かいケアが出来ていない印象があります。産業医によって言うことが異なったりすると、前回の休職のときの産業医にはこう言われたけれど、今回の産業医にはこう言われていると矛盾点があったりして社員が混乱してしまったりすることもあります。また中小企業だと精神領域の産業医に判断させるところまで手が回らない現状もあります。

松崎:そうですね、特に家族でやっているような町工場にそれを求めるのは酷というか、そういう問題はありますよね。

新倉:先程、先生が企業の人事側にとられている立場、それから従業員さん達に対してとられている立場を伺ったのですが、先生の中で産業領域における精神科医の役割というのはズバリどういうものですか?

松崎:基本的には産業精神医学、産業医もすべてそうですけど、ナレージ・マネンジメント(knowledge management)で、つまり主治医、精神科医が持っている臨床情報、臨床的にどう見立てるかっていうことと、それからこの人は社会ではどういう風なことをしてきた人なのか、どういう風な性格の人なのかということ、それからこの人がやってきた仕事というのはどういったノルマがあってどれくらい過重性があるのかという、社内の情報、その両方の情報をきちんとすり合わせて統合する作業を僕は産業医がやるべきだと思っています。産業精神医学における産業医の役割は、ナレージ・マネジメント、守秘義務を課せられているので社内情報を治療の目的に限定して主治医にきちんと伝えていく、この会社はこういう過重性があって、こういうところを直していかないと環境上の問題がありますよという情報をきちんと主治医に伝える。主治医の見立て、私はこういう風に見立ていて、この人はこういう薬を飲んでこの辺までよくなっていくでしょうという見立てを僕が伺って、会社の中にそれを僕がフィードバックしていくという社内情報と臨床情報というものをインテグレート(統合)していくのが産業医の役割だと思う。

新倉:なるほど、そうするとかなり積極的に主治医に情報開示を求め、当然ご本人の承諾を得てだと思いますが、それを会社側にフィードバックしてどういう状態に仕上がっているから、戻すにあたってどのような環境調整が必要で会社側としては何が可能か?ということを行っていくのですね。

松崎:そうです。情報開示は本人の承諾がなくても出来ますが。きちっとその辺の情報を共有させるっていうことですね。その橋渡し役を私はいつもしています。

新倉:ブリッジングをしているということですね。

松崎:ブリッジするだけでなく、こちら側の手法とあちら側の手法をグッ~と寄せてきて交わりの部分ですね、それを形成していくということですね。先程言った、治療のエンドポイントのこと喋ってもいいですか?

新倉:ええ、どうぞ、二つ目のポイントですか?

松崎:はい、2つ目ですが、最近僕思っているのは、職場復帰の原則について語りたいんですけれど、元職場復帰が原則なんですよ。大きなセクハラ・パワハラとかあった場合は例外ですけれど、そうでない場合はやはり僕は元職に復帰させるというのを大原則としています。というのは、これから先こういう考え方が重要だと思うんですけれど、やはりうつの人を復帰させた場合に、だいたい僕の経験だと元のパフォーマンスが完全に出ている人のほうが少ないですね。

新倉:そうですね、復帰時は100%の回復ではないですからね。主治医の判断で、取り敢えず、「就業が可能な状態」ですからね。

松崎:うつを経験した人達が、会社に戻るとやっぱりよくて70%くらいかなーというところなんですよ。だからね、僕はそれだとうつ病100万人といわれているこの時代に、どんどん人材のそういう無駄遣い、パーフォマンスの無駄遣いみたいなことが起こってくると思うんですよ。だから僕は戻す時に、ここのプロジェクトで挫折してうつになってしまいました。そして、戻すときに、その同じプロジェクトに戻るのは本人も辛いんだけど、そこに戻してきちっとそこで私は働けるようになりましたという、自分の挫折体験をきちんと挫折を乗り越えさせるような、そういう体験をさせないといけないだろうと思っています。

新倉:それはとても興味深い視点ですね。要は元にもどして、そこで挫折体験を克服しないと今後も再発を繰り返す可能性が高いだろうということですね。

松崎:それとね、本人がキャリアパスに自分自身で勝手にトラウマを持ってしまうんですよ。

新倉:ありますね、例えば食品関係の会社かなんかで何度か休復を繰り返しています。何度目かの復帰時に現場に出て、エプロンをしてお客さんに試食品を進めるような仕事をさせられたり・・・。新入社員が上司からの命令で、「お前現場を見てこい!」みたいな感じで行くのとは違いますから、またそこで気分が落ち込んでしまう。私は四十を目の前にしてどうしてこんなことしているんだろうと葛藤がふつふつとわきあがってくる。それを会社の方は、負荷が少ないからっていうことでやらせているわけですよ。

松崎:そうですよね、大原則としては元職に復帰させる。負荷の少ないところに異動させたほうが良いというのは、本当に親心もあるんだろうけれど、それよりも一時的にリハビリでそこに戻るのはいいんだろうけれど、最終的には復職が決まった時点では、元職に戻してまたそこで再発しないように様々なリソースがあるわけですよ。そのために僕たちはついているわけですから。周りが十分に支援してあげながら、自分が挫折したそのプロジェクトにもう一回挑戦して成功体験をさせるということがとても重要。で、その挫折したものを私は乗り越えたんだという体験をきちんとさせていくことによって、その人はひとつ成長するんじゃないかと思うんです。だからうつの治療のエンドポイントは、会社に普通に60%70%で復職出来るようになりましたということに置くのではないような気がする。これからの時代は、うつになったその部署で私はちゃんと今度は負荷を乗り越えられましたという、成功体験として位置づけさせるようなことをエンドポイントにしていかないと、どんどん復職をした人たちのパーフォーマンスが落ちたままになって会社の力が弱くなっていくと思います。うつになってよかったねー、乗り越えて、一皮むけてさらに強くなったねーと言われるような人を作っていくことが、これからの産業精神医学の目的じゃないかなという気がします。

新倉:今までは、負荷の少ない部署に戻し、そこでなんとかやれればいいのかなというのが主流の考えだったのかなと思います。でもおっしゃったように、元職に戻し、負荷を感じながら色々なリソースをつけて支援していく方法もあるのかもしれません。復職したあとも定期的な面談をし、当人、上司が共にモニタリングをし、問題が生じたらそれに対して対処したり早期に介入したりというような構造が整っていないと、元職で成功体験を得るまでに至らないような気がします。

松崎:そうですね、それを達成するために、実際のところ、やはり深いうつになってしまった人というのはそこまでは難しい。早期発見で軽く不適応起こしているかなというレベルで早めに見つけて早めに治療していくと、そういう人達はどんどんタフになっていきますね。そういう段階で元職復帰のそういった挫折体験を成功体験へ変えていくようなプログラムを企業で運用していくと、功を奏するような気がしますね。

新倉:なるほどね、早期発見早期介入によって不適応部分を適応出来るように支援していくことによってご本人の精神的な成長を促し、会社としては貴重な人材のパーフォーマンス力を維持することができるという、WinWinの介入ですね。
そのためには、リソースの活用、会社、産業医、主治医との連携、カウセリングの積極的な活用というモデルが運用されるということが絶対条件になると思います。本日は色々と貴重なお話を聞かせていただきましてありがとうございました。

松崎:こちらこそありがとうございました。

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